東京家庭裁判所 昭和40年(家イ)6080号 審判 1966年2月23日
国籍 不詳 住所 東京都
申立人 チャールズ・ユージン・オーム(仮名)
本籍 北海道 住所 申立人と同じ
右法定代理人 木村花(仮名)
国籍 ドイツ 住所 東京都
相手方 ユージン・ライアン(仮名)
主文
相手方は申立人を認知する。
理由
一、申立人は主文と同旨の審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、
(一) 申立人の母木村花は一九五四年(昭和二九年)秋頃当時日本に駐留していたアメリカ合衆国(イリノイ州出身)軍人エドワード・ビイ・オーム(以下、オームと称する。)と知り合い、一九五五年(昭和三〇年)一〇月頃から事実上の夫婦として同人と山形県○○町で同棲生活に入り、同年一二月五日正式に同人とともアメリカ合衆国大使館に婚姻登録をなし、かつ、同日東京都中央区長に対し同人との婚姻届出を了し、その後同人の所属部隊の移動にともない、奈良県奈良市で同棲していたのであるが、一九五七年(昭和三二年)一月上旬頃右オームがアメリカ合衆国内において勤務することとなつたため、同人とともにアメリカ合衆国に渡航し、同国アリゾナ州、オレゴン州において同人と同棲した。
(二) しかし、右オームは一九六〇年(昭和三五年)夏頃韓国に駐留する部隊に転勤を命ぜられることとなつたため、申立人の母木村花はオームと相談のうえ、同人が韓国に駐留する部隊に勤務中は日本で別居することとし、同年七月一五日日本に帰国し、札幌市北二△条西○丁目の両親の許で生活することとなつたのであるが、別居後しばらくして、右オームよりの生活費の送金も者信も杜絶えてしまい、申立人の母木村花はオームの所属部隊の駐屯地も知らないため連絡のとりようもなく、以来オームとは事実上離婚状態になつた。
(三) ところが、右オームは、一九六一年(昭和三六年)八月一五日右木村花を被告としてイリノイ州クック県上級裁判所に一年以上の故意の遺棄を理由として離婚訴訟を提起し、一九六三年(昭和三八年)二月二八日右オームと木村花とを離婚する判決が確定したので、木村花は同年九月三日この旨本籍地の小樽市長に届出を了した。
(四) これより先、申立人の母木村花は、一九六〇年(昭和三五年)一二月頃相手方と知り合い、一九六三年(昭和三八年)一月頃から相手方と情交関係を生じ同年三月上旬頃から相手方と事実上の夫婦として東京都渋谷区代々木○丁目○○番地において同棲生活に入り、相手方との間の子として同年一二月一四日申立人を分娩し、その後一九六四年(昭和三九年)七月一八日ドイツ国大使館において相手方とともに婚姻登録をなし、かつ、同日東京都渋谷区長に対し相手方との婚姻届出を了した。
(五) 右の如く、申立人は、真実申立人の母木村花と相手方との間に出生した子であるにかかわらず、申立人の出生の時が、前記木村花と前記オームとの婚姻解消後三百日以内であるため、申立人は母木村花と右オームとの間の嫡出子であるとの推定を受けることとなり、やむなく、母木村花は一九六四年(昭和三九年)一月四日東京都渋谷区長に対し申立人を右オームとの間の嫡出子として出生届を了した。
(六) しかしながら、前述の如く、申立人の母と右オームとは、申立人の母が一九六〇年(昭和三五年)七月一五日日本に帰国して以来全く交渉がなく、オームも一九六五年(昭和四〇年)一一月二五日付の申立人代理人レオン・アイ・グリンバーク宛の書面をもつて申立人が自分の子でないことを認めているのみならず、申立人の母は相手方と一九六三年(昭和三八年)一月頃から情交関係を生じ、また同年三月初旬頃からは相手方と事実上の夫婦として同棲するに至つたのであつて、その間全く他の者とは交渉がなく、しかも一九六四年(昭和三九年)七月一八日には正式に相手方と婚姻し、申立人出生後今日まで相手方とともに申立人をその間の子として養育し、相手方も申立人を自分の子であることを認めているのであるから、前記出生届は全く事実に反する。
(七) ドイツ民法第一七一七条によれば、申立人の懐胎期間中(出生の日よりさかのぼつて第一八一日ないし第三〇二日の間)、申立人の母木村花が相手方と同棲していれば、当然相手方が申立人の父とみなされるのであるが、申立人の母と相手方とは懐胎期間の全部を同棲していないので、この規定は適用されないし、しかも、相手方の本国法であるドイツ民法には認知割度がないので、申立人が相手方に対し認知を求めることには疑問がないわけでない。しかしながら子の福祉のため、法例三〇条により、ドイツ民法の適用は排除され、日本民法により相手方は申立人を認知することができると解すべきであるから、申立人と相手方との父子関係を確定するため本件申立に及んだ
というにある。
二、本件につき、昭和四一年二月二三日の調停委員会において、相手方が申立人を認知することにつき当事者間に合意が成立し、その原因たる事実関係についても争がないので、当裁判所は、記録添付の戸籍謄本、出生届受理証明書、離婚判決謄本、オームの一九六五年(昭和四〇年)一一月二五日付申立人代理人レオン・アイ・グリンバーク宛の書面の各記載、並びに申立人の法定代理人木村花および相手方に対する審問等によつて、必要な事実を調査したところ、前記一の(一)ないし(六)の記載どおりの事実が認められる。
三、さて、まず本件において、申立人は国籍が不明であり、相手方はドイツ人であるが、いづれも日本東京都内に住所があるので、わが国の裁判所が本件につき裁判権を有し、かつ、当家庭裁判所が管轄権を有することは明らかである。
そこで、本件の準拠法について考察するに、法例第一八条により子の認知の要件は、その父に関しては認知の当時父の属する国の法律により、その子に関しては認知の当時子の属する国の法律によつてこれを定めるべきであるから、相手方についてはドイツ民法によるべきであり、また申立人は国籍が不明であるが、法例第二七条二項によりその住所地法が適用されるべきであるから、申立人については日本民法によるべきこととなる。ところが、ドイツ民法第一七〇五条ないし第一七一八条は、非嫡出子と父との法律関係の確定について日本民法の如き認知主義をとらず血統主義(事実主義)をとり、父の認知を要しないとしている。とくに、同法第一七一七条によると懐胎期間中(子の出生の日からさかのぼつて第一八一日ないし第三百二日の期間中)母と同棲したものは、当然に非嫡出子の父とみなされるのである。したがつて、本件の場合、申立人について適用されるべき日本民法によれば、申立人と相手方との間の父子関係は相手方の認知によつてはじめて発生するが、相手方について適用されるべきドイツ民法によれば、申立人と相手方との間の父子関係は相手方の認知を要せず相手方と申立人との間の血統関係(事実関係)によつて当然に発生することとなる。しかし両者の差は父子関係の確定に認知を要するか要しないかの点にあり、ドイツ民法の下でも非嫡出子と父との間の父子関係の確定が許されないのではないことに注意を要する。しかも、本件の場合、ドイツ民法によるとしても、相手方は申立人の母とは懐胎期間の全部を同棲していないのであるから、ドイツ民法第一七一七条により相手方が当然に申立人の父とみなされることがないのみならず、申立人は申立人の母とその前夫オームとの間の嫡出子と推定されているから、申立人と相手方との間の父子関係を確定するためには、まず右の推定を排除することを要し、そのためには、ドイツ民法の下においても父子関係存在確認の判決を要することになるものと解せられる。また、日本民法の下においても父の認知があれば、その効力は子の出生の時に遡り、子と父との間の法律関係が確定される訳であるから、本件において申立人と相手方との間の父子関係を確定するについて適用されるべきドイツ民法と日本民法との間においては、その果す機能の面ではほとんど差異がなく、日本民法を適用して行なう強制認知請求のうちに、ドイツ民法を適用して行なう父子関係存在確認も包含され、本件については申立人の相手方による強制認知によつて申立人と相手方との父子関係の確定をすることが許されるものと解すべきである。
ところで、日本民法によつて認知をなしうるためには、被認知者は嫡出でない子でなければならず(日本民法第七七九条)またドイツ民法によつて非嫡出子と父との間の父子関係を確定するについても、その子が他の者の嫡出子でないことを要するのは当然であつて、したがつて相手方が申立人を認知することによつて父子関係を確定するについては、申立人が嫡出でない子であることを要する。そして法例第一七条によると、子が嫡出であるか否かは、その出生の当時母の夫の属した国の法律によつてこれを定めることになつているのであるが、前記認定のとおり、本件申立人が出生した一九六三年(昭和三八年)一二月一四日の以前である同年二月二八日に、母木村花は、アメリカ合衆国の国籍を有するオームと離婚しているのであつて、かかる場合について、法例は直接に規定するところがない。しかし、かかる場合については、離婚当時の母の夫の本国法によるべきものと解するのが相当であるから、本件申立人が嫡出であるか否かは、右オームの属するアメリカ合衆国イリノイ州の法律によつて定まることになるといわなければならない。アメリカ合衆国イリノイ州においては、成文法はないが、同州の判例法上、婚姻中または婚姻解消後一〇月(一月を三〇日とするから、結局三〇〇日)以内に生れた子は嫡出であると推定されるが、この嫡出推定は、絶対的でなく、子が嫡出であるか否かが問題となる訴訟において、妻が子を懐胎した当時に夫が妻と交渉をもちえないことならびに事の性質上、夫が子の父でありえないことが、明白にして疑の余地のない証拠によつて証明されれば、この推定は覆えすことができることが認められている(州民対モンロー事件 People.V .Monroe.192N .E .2d 691ドレナン対ダグラス事件 Drennan.V .Douglas.40A .R 595ザッハマン対ザッハマン事件、Zachmann. V .Zachmann.66N .E. 256)。そうだとすると、本件申立人は一応母木村花と右オームとの間の嫡出子であると推定されるが、申立人が相手方に対し認知を求め、申立人が嫡出子であるか否かが問題となつている本件調停(人事訴訟の簡易手続である)において、この推定を争いうるものと解せられ、木村花が申立人を懐胎した当時右オームが、木村花と交渉をもちえないことならびに事の性質上同人が申立人の父でありえないことは、右木村花および相手方に対する審問の結果並びにオームの申立人代理人弁護士レオン・アイ・グリンバーク宛の前記書面によつて明らかであり、したがつてこの推定は完全に覆えされ、申立人は、母木村花が相手方との間に儲けた嫡出でない子であるといわなければならない。
そうだとすると、申立人が相手方に対して認知を求めその間に父子関係を確定せんとする本件申立は、ドイツ民法による父子関係存在確認の要件ならびに日本民法による認知の要件をみたしているので、理由があるというべく、当裁判所は調停委員前島勘一郎、同山田多嘉子の意見を聴いたうえ、家事審判法第二三条に則り主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)